ご復活おめでとうございます! ご復活の朝に…『おはよう〜』

「おはよう〜」

西町教会に来てから様々な司牧の活動に携わらせて頂いています。その中で印象深い出来事の一つは、毎朝次々と登校してくる子供たちの「おはようございます」という素直な挨拶の声です。それはただ毎朝繰り返しているごく普通の挨拶として聞こえるかもしれません。朝、人に会うと自動的にその挨拶を交わし合うので、その深い意味などをあまり考えていないかもしれません。

しかし、“Good Morning”という英語の挨拶(直訳すると、「良い朝」という意味)にもありますように、新しい一日を始めるに当たり、出会っている人の良い一日を願いながら祝福を送っているのです。そういった意味で、毎朝交わし合われている「おはようございます」という挨拶によって、人は互いに全く違う「新しい良い朝へ」「新しい良い一日へ」と誘い合っているのです。

実際にマタイによる福音では、イエスが復活された朝、弟子たちは天使からイエスの復活のお知らせを受け、その行く手に復活のイエスが姿を現し、「おはよう~」と声を掛けられたのです。その復活の朝は、復活の主との再会の朝となったのです。

イエスの愛情の温かさ、優しさを次々に体験し続けてきた弟子達と婦人達にとって、イエスの受難と死は、闇が訪れたかのように感じたことでしょう。しかし、その辛い夜が明けた朝に、イエスは「おはよう~」と温かさを込めた声をかけられたのです。イエスと弟子達と婦人達との日々の関わりの中で、それは習慣となっていた挨拶だったかもしれません。しかし、その復活の朝に掛けられた「おはよう~」の挨拶によって、彼らはそれまでとは全く違った「新しき朝へ」と誘われたのです。

「おはよう~」、それは朝の太陽の光が、夜の暗闇を照らすように、「悲しみ、絶望、恐れ、不安という暗闇に留まらず、希望、喜び、安らぎのある朝に目覚めて生きていきなさい、復活しなさい」という呼びかけとなるのです。

誰の心にも様々な闇が訪れ、辛さ、冷たさを朝から感じる時があると思います。しかし、キリスト者である私たちにとって、その時こそ「おはよう~」とのいつもの挨拶を語りかける復活されたイエスが共におられるのです。ただ、新しい朝、新たな希望へ復活するために、そして生きる力を付けられる「おはよう~」という愛情の込められた温かい声に目覚めるためには、死の暗闇と滅びへ向かわせる罪という人生の墓から出なければならないのです。罪の闇から復活しなければならないのです。

毎朝交わし合う「おはようございます」とは、ただ日常的な挨拶だけではなく、神秘的にイエスと共に復活するようにとの呼びかけでもあるのです。それこそ、私たちの毎日の復活の朝となるのです。(スティーブ)


今年1月から4月まで、西町教会で司牧のお手伝いをしていただいているステファヌス・メレ(スティーブ)神父様に寄稿をいただきました。

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