『待降節』(2017.12.1 教会ニュース12月号記事より)

待 降 節

主任司祭 ポウォムスキ・スタニスワヴ

今年も残すところおよそ1か月となりました。教会の暦は待降節に入り、一足先に新しい一年が始まりました。

わたしたちは、クリスマス前の約四週間を『待降節』と呼んで、キリストの誕生を待ち望む期間としています。

『待降節』は、ラテン語で「アドベントゥス」と呼ばれます。『待降節』を意味する英語や、ドイツ語、フランス語などの単語は、いずれもこのラテン語に由来しています。ラテン語の「アドベントゥス」は本来、「到来」や「到着」を意味しています。
ですから、日本語の『待降節』では「待つ」ことが強調されているのに対して、先ほど述べたような言語では、むしろ「来る」ことが強調されているようです。

このように「待つ」と「来る」という強調点の違いはありますが、よく考えてみると、キリストが必ず来るという確信を持って待つこと、つまり「待つ」と「来る」の両方とも大切であるということがわかります。そしてこの確信は、わたしたちに対する神の深い愛のうえに成り立っているということができます。「わたしたちが(神を)愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。」(一ヨハネ4・19)と言われているように、わたしたちがキリストを待つことができるのは、神が、まずキリストを遣わしてくださったからだと言えるのではないでしょうか。待降節の間「主よ来てください」という祈りが繰り返し捧げられますが、キリストは、わたしたちがこのように祈るより先に、すでにこちらに向かってきてくださるのです。だからこそ、いつもキリストを迎えることができるように、準備をしていることが求められるのでしょう。

「待つ」と「来る」という別の意味をもっている言葉も、このようにキリストの訪れを中心に考えていくとき、いっそう深いところに結びつきます。ひとり子キリストを遣わしてくださった神の愛、そして、キリストご自身がわたしたちの方に向かってきてくださることを思いつつ、キリストの降誕までの4週間を過ごしていきたいと思います。

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